始業10分前。窓際の机に鞄を置く音、廊下側の私語。芽依、机に頬杖をついている。
愛梨「芽依、今日目ぇ死んでない?」
芽依「ちょっと寝坊しただけ」
芽依、ノートを開いて視線を落とす。ページはめくらない。
大輝「おーい、昨日の宿題やった奴ー」
誰も返事をしない。大輝、頭をかいてもう一度同じ方を見る。
美羽「…宿題、あったんだ」
大輝「え、マジで言ってる?」
愛梨、芽依の横顔を一瞬見てから、大輝の方に向き直って笑う。
愛梨「美羽また白紙かー、後で見せてもらいな大輝」
昇降口。上履きに履き替える列。健太が欠伸をこらえながら靴箱を開ける。
健太「小林、昨日の小テスト何点だった」
翔太「え、忘れた。20点くらい?」
健太、靴紐を結ぶ手を止め、翔太を一瞬見る。
健太「ノー勉で20点はさすがに謙遜だろ」
翔太「謙遜って便利な言葉だな。使お」
悠斗、少し離れた靴箱の前で靴を履き替えながら二人を見ている。何も言わない。
翔太「悠斗も聞いてた?ひどくない、健太の疑いの目」
悠斗、肩をすくめるだけで答えない。予鈴のチャイムが鳴り、三人それぞれ廊下へ向かう。
購買前、昼休みの列。焼きそばパンの棚はすでに半分空。
健太「今日も残ってんのそれだけかよ」
莉子、文庫本を片手に持ったまま列に並ぶ。ページの角が折れている。
愛梨「莉子、歩きながら読むのやめなって、また柱にぶつかるよ」
莉子「ぶつかったの一回だけです」
結衣、少し遅れて列の最後尾につく。三人の背中を見てから声をかける。
結衣「何買うか決めた?私まだ迷ってて」
愛梨「メロンパンでいいっしょ、はい決定」
健太、購買のおばちゃんに焼きそばパンを渡され、財布の小銭を数える。
健太「塾の弁当より安いんだよな、これ」
昼休み、教室の窓際。七海が机に頬杖をつき、外の部活棟を眺めている。
七海「美羽、今日も窓際?」
美羽「……日当たりがいいから」
美羽はノートの端に何かの図案を描きかけて、七海の視線に気づき手で隠す。
七海「手芸部、新入生入った?」
美羽「二人。まだ道具の名前も覚えてないと思う」
七海が伸びをして、窓枠に肘をつく。
七海「うちも一年入ったけど、レシーブより先に体力測定で死にかけてた」
美羽が小さく笑うが、すぐ視線をノートに戻す。
七海「……そういえば飼育委員会の『部屋番号の人』って知ってる?」
美羽「知らない。誰それ」
予鈴が鳴り、七海が机を離れる。美羽はノートを閉じ、続きを描かないまま鞄にしまう。
放課後、河川敷沿いの道。四人はほぼ同じ歩調で、同じ方向へ歩いている。
蓮「今日、駅前に新しいラーメン屋できたらしいけど、誰か行かない」
美咲「今日はパス」
美咲、欠伸を手の甲で隠す。
悠「……蓮、それ、前に閉店した店の跡?」
蓮「ん、何て?」
悠、もう一度口を開きかけるが、結局言わずに首だけ振る。視線を川へ戻す。
蓮「そか」
美羽「私、この先で寄るところあるから、先失礼する」
蓮「手芸部の道具とか?」
体育館。ネットの支柱を運ぶ台車が軋む。七海が支柱を立て、結衣がワイヤーを引く。
七海「結衣、そっち先に固定して。私が張るから」
結衣「うん」
ワイヤーがぴんと張る。七海が高さを目で確認し、ゲージを当てる。
七海「2センチ低い。緩めて」
結衣が留め具を緩める。ボールが数個、隅からゴロゴロ転がってくる。1年生が拾いに走る。
結衣「新入生、思ったより多かったね」
七海「名前まだ半分も覚えてない」
七海がゲージをもう一度当て、頷く。留め具を締め直す音。
結衣「七海ちゃんは覚えるの早いから、すぐだよ」
七海「芽依、今日部活出てた? 声かけたの気づかなかったっぽいから」
芽依「ごめん、ちょっとぼーっとしてた」
既読がついてから、返信まで一分ほど間があった。
七海「無理すんなよー。それより聞きたいんだけど、飼育委員会の『部屋番号の人』ってだれだか知ってる? 名簿に名前ないの」
芽依「さあ…会長以外に誰かいたっけ。委員会のことよく知らない」
七海「だよね。まあいいや、今度直接聞いてみる」
芽依「うん、また明日」
芽依のスタンプが一つ、少し遅れて届いた。七海はそれを見て、既読だけ付けた。
送信ボタンの上で親指だけが疲れていく。
指が止まる場所はいつも同じで、それが答えな気がした。